COLUMN コラム

【自活研・小林理事長の自転車コラムその67】~生き残るには止まって確認!しかない~

 自転車のことを考えていくと、大げさな言い方だが日本人の深層心理にぶち当たる。
 
 それは「止まらない」心理である。
 
 危ないと思ったら止まるのが鉄則のはずだが、クルマも自転車も流れに乗ることを優先して、止まるという判断を後回しにする。自転車に至っては、交差点や曲がり角はもちろん、一時停止も赤信号でも駐まらない。
 漕ぎ出すのがたいへんだから止まらないのだ、と説明してきたが、最近、クルマの動きや、いったん動き出した公共事業などがどうにも「止まらない」現状を研究してみて、これは自転車特有の傾向ではなく、実は日本には独特の「立ち止まらない文化」が定着しているのではないかと思うようになった。

 たとえば、信号が黄色に変わったとき、交差点内のクルマは可及的速やかに交差点を出ること、交差点に入っていないクルマは止まらなければならないことが法律に定められているが、実際にはクルマの多くは加速する。
止まったとしても停止線をはみ出すクルマが多い。それも、余裕を持って停止しているのに停止線を無視する。
路線バスがウインカーを出して発進することを示しているのに、速度をゆるめたり一時停止してバスを優先させるクルマは珍しい。

 ひどいのは信号のない横断歩道などで歩行者が渡ろうとしているのに止まらないクルマだ。
ある地方都市で、知人のクルマに乗せてもらっていて、横断歩道の傍らに人が立っていても停止しないので、友情が壊れる危険を覚悟して指摘したら、止まると後続車に追突される、と反論された。そういえば、私はそうした場合、速やかにブレーキを踏むのだが、後続車がキーッと音を立てて止まるのを聞いた記憶が何度もある。

 これらの停止行動は「マナー」ではない。法律に定められた罰則付きのルールである。しかし、守らなくても取り締まりどころか、注意もされないまま何十年も放置されてきたのは、自転車のルールと同様である。
止まらない文化が事故の減少を停滞させている。その現実が見えてきて、傷口に絆創膏を貼ってふさごうとしても無理なことがわかったのだが、根本的な改革にはなかなか踏み切れない。
 ブレーキの付いていない自転車を取り締まるぞ!と各地で警察の決意を新聞などで見るたびに、取り締まるべきはめったに見かけないブレーキ無し自転車ではなく、ブレーキが付いているのに踏まないクルマの方だと思うのだか、取り締まりの方針には方向を変えるハンドルはひょっとすると付いていないのかもしれない。
 

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