COLUMN コラム

【自活研・小林理事長の自転車コラムその14】~事故と賠償額~

 自転車が歩行者をはねる事故が頻発している。1991年頃、オランダの議会スタッフに、歩道上での自転車事故が増加傾向にあるグラフを見せて、日本では深刻な問題になりつつあるが、そちらではどう対処しているのか、と聞いたら、長い沈黙が続いた。当時、私はどの国も自転車は歩道を通ることが多いのではないかと思い込んでいた。
やがて、「ということは、歩行者が道に飛び出すことが増えたからか?」と訊ねられて、ハッとした。自転車が車両としてクルマと同じように走っているアムステルダムの情景をまざまざと思い出したからだ。

 世界的に交通事故の死者がピークに達した1970年、日本とノルウェーは自転車を歩道通行可として、死者を減らそうとした。ノルウェーでは程なく見直しが始まり、車道の走行レーン整備も進んだが、いまだに自転車の半数は歩道を走っていて、歩行者を危険にさらしているという。日本では、警察官までがお手本を示すので、子どもたちは「自転車は歩道」と思い込んでいて、「車道が原則」なんてキャンペーンを不思議そうに見ている。原則と実態、本音と建前が別物だと、子どもたちは早くから理解するのだが、大人になってこれが通用しない世界の人々と商売しようとすると、さまざまな悲喜劇を演じることになる。国内だけで仕事していればいいのだが、近頃はそうもいかない。日本の常識は世界の非常識、と揶揄される状態を放置していては、早晩、韓国や中国の後塵を浴びることになりかねない。
 もっと悲しいのは、子どもたちが自転車で起こした事故の損害賠償が巨額になり、家庭が崩壊してしまう例が跡を絶たないことだ。自転車はどこでも走って良いと思っている子どもたちは、歩道と車道の区別がない道路ではほとんど全力疾走である。こうした道路で、高校2年生の男の子が60代の女性をはねて死亡させた。裁判所が命じた賠償額は3381万7186円。中学2年の男の子は75歳の女性にぶつけて、やはり死亡した。賠償額は3123万8305円だった。怪我をさせて数百万円以上の賠償を命じられる例も増えている。だが判決は出ても、ほとんど支払い能力はないのが普通だ。やむなく自己破産することになると聞いた。賠償が受けられない被害者や家族の苦しみは筆舌に尽くしがたいが、加害者である子どもたちも破産家庭から人生を始める悲劇を繰り返してはならない。
 歩いているだけで殺されてしまう方はたまったものではない。そこで、警察庁は自転車は車両だと昔から決まっていることをわざわざ通達した。さすがに日本の警察官は真面目な方が多く、途端に半数くらいが車道通行を始めたようだ。しかし、まだ「ここは歩道通行可だ」と頑張る人もいて、いったいどれが正しいお手本なのか、国民に混乱を招きかねない。混乱が続けば泣く被害者、加害者の連鎖は続く。「自転車は車道」と言いながら、歩道を行く警察官の白チャリの罪は重い。

【月刊サイクルビジネスより改訂して再掲】

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